の平凡な戸が廊下に向って並んでいる。一つの戸は内部に入れこになっている一つ以上の世帯を意味している。一等はずれの戸が少しあいてそこから蓄音機の音がした。そこを入り日本女は石油コンロか何かのガラス瓶、玉ネギなどののっかった窓枠に向っている戸を叩いた。
ハンガリアン・ラプソディーの波を背負って、自分でもそんな音楽にびっくりしているようなのぼせた頬のリーダの顔が現れた。
日本女は、リーダの手を握り、立ったまませわしく話し、二本の瓶を書類入鞄から出した代りにそこへ蜂蜜の小さい入れものを突込んで貰った。
――貴女風邪ばかり引いてるから……
リーダが親切をこめた悪口の調子で云った。
――シベリアの中途で鼻がクスクスしたらこれなめて寝床へもぐってなさい! 明日ステーションで会うけれど。
――あ、リーダ、あんた五ルーブリこまかくしてくれない?
一旦出かけたのを戻って日本女がきいた。
――私馬車へ二ルーブリ払わなけりゃならないんだけれど、きっと釣銭がないって云うだろうから。
引こんで、三ルーブリ札を二枚もったリーダが廊下へ現れた。
――さ、これ!
――どうして? 六ルーブリじゃない
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