がら、
 ――行けよ、警察へ行った方がいいや。
 御者に云った。
 ――このトゥウェルスカヤ通りにあるよ。
 ――あすこにないんだ、もう。行ったんだが。
 ――あの先だ。
 うしろの方から誰かがのび上ってるような声で叫んだ。
 ――百十番地だよ、トゥウェルスカヤの。
 御者は、みんなの言葉にかきあげられるような恰好で再び御者台へのぼった。蹄の音を乱しながら馬をまわした。再び「イズヴェスチア」新聞社の高い時計台。映画館「アルス」から降るイルミネーションで、外套の肩と胸とを赤く照らされながら、歩いている通行人。
 決して歩調をはやめずまたサドー※[#濁点付き片仮名「ワ」、1−7−82]ヤを横切ると、その街燈柱と菩提樹のところ、きっちりさっき日本女が一度馬車から下りた地点で車を止めた。あっち向のまま、
 ――家へ帰んなさい。
 日本女はすぐに御者の云うことを理解しなかった。
 ――家へかえんなさい、もう先へは行かないよ。
 気落ちしたように、だがどこまでも頑固に侮蔑を失うまいとして強く御者は云った。
 ――金なんぞいらない、あんた欲しいんだろう、もってきな。
 日本女は蜜の入れもので膨らんで
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