差した赤い指揮棒の頭をひねくりながらきき終ると、手を帽子へやりロシア風にそれを頭のうしろへずらした。
 ――……警察で話して下さい。
 御者に向い、
 ――警察へ行け。僕はここでいそがしいんだ。
 広場の交叉点へ戻って行ってしまった。
 ――何だい。
 ――言葉がわかんないんじゃないの?
 群集がしゃべり出した。
 ――どうしたんだ? 彼女は何が必要なんだ?
 日本女は、馬車へのっかったまま平らかな視線で自分のまわりへよって来た群集を眺めた。彼女は群集を知っている。パンの列に立ってる間に、電車でもみくしゃにされた間に日本女がその気ごころをいつか理解したモスクワの群集だ。
 ――どうしてこんなところにかたまってるんだ?
 御者は、馬車から下りて馬のわきへ立ったまんま低い声で答えている。
 ――外国女が金を払わないんだ。
 ――ロシア語が判んないのか?
 ――わかりますよ。
 日本女が答えた。
 御者は何も云わない。――
 茶色の革帽子をかぶって共産青年同盟員らしい若者が人だかりの輪のうしろから体をはすかいにして出て来た。馬車の上の外国女を一寸眺め、巻煙草の吸殼をすててそれを足でもみ消しな
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