くってかかった。
 ――へ? どうしたらいいんだ! ここにこの間まで警察があったのがなくなっちまってる!
 ――モスクワに警察は一つじゃないだろ。おだやかな口調で日本女が答えた。
 ――巡査は往来にだっているよ。
「見りゃあまだ年もとってないのに、こんな目に人を会わせる、恥だ!」「あんたは不正直だ。こんな客にははじめて出喰した!」
 日本女の返答は一つだ。
 ――私は正しい価を云ったんだし、正しい約束して乗ったんだから負けない。私はお前のソヴェト権力と一緒に正しいところはどこまでも突っ張るよ。
 プーシュキン記念像の下まで戻って来てしまった(サドー※[#濁点付き片仮名「ワ」、1−7−82]ヤとストラスナーヤはつまりそんなに近いのだ)。御者は往来のくぼみ、今は一台もいないタクシー溜りへ馬車を引込み、その辺を見廻してたがやがてのろくさ御者台を降り、広場の方へ去った。若い交通巡査を先に立て、馬車のところへ戻って来た。
 日本女は馬車からこごんで巡査に事情を説明した。御者はわきへ巡査の方へ背中を向けて立っている。もうまわりは人だかりだ。若い交通巡査は、黒い外套の胸をふくらませてしめた皮帯の前へ
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