気よいというよりも気のたった大声をはりあげメーデーの歌をうたいつつ、ゆっくり進むかと思うと、腕を組み合ったまま急にかけだして、途切れそうになる行列をつないで、進んでゆく。前方を見ると、行列は顎紐をかけゲートルを巻いた警官の黒い群に雪崩《なだ》れこまれ、警官が列の中から検束しようとする同志を守ってかたまりとなり、大揉みに揉んでいる。がんばれーッ――ひっこぬかれるなッ! そういう怒声もきこえる。歩道の人々はおどろきと恐怖の表情で、そのさわぎを眺めているのであった。
 そのころのメーデーといえば、全く勤労大衆の行進か、警官の行進か、という風であった。険相な眼と口を帽子の顎紐でしめ上げた警官たちが、行列の両側について歩いて寸刻も離れないばかりか、集合地点には騎馬巡査がのり出した。歩道には、市内各署の特高のスパイが右往左往して日頃目星をつけている人物を監視したり今にもひっぱりそうな示威をしたりしている。おとなしく立っている女ばかり数人の私たちでさえ、いやな気がしてじっと一つところにはいられなかったほど、胡散《うさん》くさい背広の男たちにつきまとわれた。行進が上野の山へ集合した頃、私たちは群集にお
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