マクシムは、家庭における父親の悪い性質の目標とされた。彼は堪え切れず十七歳になる迄に五度も家出をし、最後に、そして永久に父の家を見捨てることに成功した時には、ニージニの町へ落付いた。二十歳の時、もうマクシムは一人前の指物師、壁紙貼職人であった。彼が働いている仕事場は偶然、ニージニの職人組合の長老、染物工場主カシーリンの隣りである。
或る夏のことであった。カシーリンの妻アクリーナが娘のワルワーラと一緒に庭で何心なく夷苺《のいちご》をとっていると、隣家との境の塀をやすやすのり踰えて一人の逞しい立派な若者がこっちの庭へ入って来た。見ると、髪を皮紐でしばった仕事姿のマクシムである。アクリーナが、おどろきながらも天性の温かい調子で訊いた。
「どうしたね、若い衆、道でもないところから来てよ!」
するとマクシムはアクリーナの前に跪いて云った。
「アクリーナ・イワーノウナ。俺達を助けて下さい。俺達は結婚したいんだ」
ワルワーラはと見れば、自分の手にある籠の夷苺のように体じゅう真赤にして、庭の林檎の樹蔭にかくれながら、マクシムに何か合図しながら、眼には涙があふれそうになっている。
「私たちはもう、
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