間に対する観察力は非常に発達している。殆ど辛辣でさえある。現実は強く彼を鍛え、書物に対する判断、芸術における現実性の価値の評価についてまで、少年らしい夢の底で正しい本質をついている。パリやベルリンのいろいろな生活についても知っていた。しかし、彼は当時の自分の力では打ち破ることの出来なかった周囲のごまかし、小市民の毒によって、少なからず制約されている。自分で知らずに、鋭い心の目覚めを遅らされた。この興味ある一例は一八八一年三月一日に、農奴解放を行って後全く反動化したアレキサンドル二世が「人民の意志」党員グリニェヴィツキーのテロルに殪れた時の記憶の描写に現れている。「人々の中」でゴーリキイはこう書いている。
「思い起せば、丁度そのような詰らない時に(製図師の家での不幸な小僧生活)生じた一つの不思議な出来事がある。或る晩、皆の者が寝鎮った時、急に本会堂の鐘が鳴り出した。家の者は皆一度に起き上った。半裸体の人々が窓ぎわへ飛んで行って、訊き合っている。
『火事かしら?……警鐘《はやがね》のようだが……』
よそでも騒いでいるらしい。扉をどたんばたん[#「どたんばたん」に傍点]と鳴らす音が聞えた。
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