ばならぬ不幸な事情である。
まして、ニージニは半アジア風な商業都市であった。年一度、遠くペルシャやアルメニヤ、コーカサス辺から迄地方物産を集めて開かれる世界に有名な定期市《ヤールマルカ》で、(一九二八年迄数世紀間つづいた)謂わばニージニという町全体が生きていた。田舎風な都会、一年の最高頂の時期は、罵声と殴り合いの合奏する巨額な金の集散、そのおこぼれにあずからんとする小人の詭計の跳梁、泥酔、嬌笑に満ち、平日は通俗絵入新聞が地方客に向って撒く文化を糧としつつ、ヴォルガ沿岸の農民対手の小商売で日暮しているとすれば、全住民を包む気分の性質は今日の我々の想像にも尚活々と会得されるものがある。ゴーリキイは彼の胸をムカムカさせる小市民と、善良な人々ではあるが貧と無恥、野蛮の中にとめられているヴォルガ河岸の家のない羊の塊りのような自由労働者の生活としか知らなかった。
この生活環境の特徴的な事情は、十三歳頃のゴーリキイの成育の中に微妙な反映を与えている。「人々の中」で朝から夜までこき使われる者、理由もなく殴られ得る下積の存在として、天質の豪気さ、敏感さ、熟考的な傾向と共に、少年ゴーリキイの生活及び人
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