なければならない。だが、一方には、全く別にそうやって洗われた皿を一つ一つよごし、鉢を使い、テーブルに向ってナイフや匙をきたなくしてゆく人間がいる。それらの人は平気に、当然なこととして笑いながらタバコをふかしながら、それをやっているのだが、何故これが当然なのだろう? 何故、一方には何でも辛棒してしなければならない人間があり、もう一方にはそれらの人々に何でもさせたその結果を利用していることの出来る人々が存在するのであろうか。彼の周囲には、泥酔や喧嘩や醜行やが終りのない堂々めぐりで日夜くりかえされている。だが、それらすべては何のために在るのだろう。
 スムールイは、麦酒を飲みながらしみじみとゴーリキイに云った。
「お前がもう少し大きかったら、いろんなことを教えてやるのだがなあ。俺は人に語るべきものを持っている。俺は馬鹿じゃない。……マア、お前は本を読むこった。本の中には何でも必要なことがある。本はいいもんだ」
 或る時はこうも述懐した。
「俺が金持だったら、お前を勉強に出してやるんだがなあ。無学な人間は牛と同じこった。軛《くびき》をかけられるか、つぶしにされるんだ。それでいて御本人は尻尾を振
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