だ」
「何だってさ!」
「何てことはないけど……」サーシャは、ゴーリキイの顔を覗き込んだ。
「いいだろう?」
「いいや!」
「どうして気に入らないんだ?」
「雀が可哀そうだもの」
この論判から掴み合いが持ち上った。ゴーリキイがサーシャの辻堂を破壊した。忽ち翌朝からサーシャの魔法――小僧ゴーリキイが朝磨かなければならない靴という靴の中の、ちょうど手を怪我せずにはいられないところにピンが植わっているという復讐がはじまった。スープをひっくりかえして火傷をする程、ゴーリキイはその靴屋の小僧という境遇、奇妙な従兄のサーシャを嫌悪し逃亡を欲したのであった。
後年ゴーリキイは、「人々の中」で、この插話の思い出を非常に色濃く、感情をこめ、ディッケンズの俤を浮ばしめるような筆致で描いている。
ゲーテが五つ六つの時、父親の鉱物標本を譜面台の上に積み重ねて祭壇をこしらえ、レンズで集めた太陽の光で香をたいて、その前に燻じ、万有の神に捧げたという話は、世界文学史の上に「黄金のように輝いた少年」ゲーテにふさわしい逸話として或る意味では伝説的な誇張をもって伝えられている。ゲーテの祭壇とサーシャの辻堂との間には
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