シャは出目を突出して、云うのであった。
「祖父さんの云ったことを忘れちゃ駄目だよ」
 従兄サーシャの上にもう一人番頭がいるという程度のその靴店で、ゴーリキイの仕事というのは、毎朝サーシャより一時間早く起きて、先ず主人達、番頭、サーシャの靴を磨く。皆の服にブラッシをかけ、サモワールを沸かし、家じゅうの煖炉に薪を運んでおいて、食卓用の薬味入れを磨く。これだけが家での用事であった。店では床磨き、掃除、お茶の用意、お得意への品物配達、昼飯を家から運んで来ること。これらの仕事が、玄関番の役の上に加るのであった。主人はずんぐりな、眼の小汚い男で、よくゴーリキイをたしなめた。
「ほら、また腕なんか掻いてる! お前は町の目抜の商店に勤めてるんだ。これを忘れちゃいけねえ。小僧ってものは扉口んところへ木偶《でく》のようにじっと立っているもんだ」
 凝っと立っていることが、活々した子供のゴーリキイにはなかなか出来ない。しかも両腕は肱の辺までべた一面痣やかさぶた[#「かさぶた」に傍点]で、掻くなと云われても、掻かずにはいられないのであった。主人が、新参小僧であるゴーリキイの両手を視ながら訊く。
「お前は家で何
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