説として観察すると「マカールの生涯の一事件」は、主人公の内面的推移、心持の多岐な複雑さを分析し、描写する上に、作者がまだ或る程度混乱していることが直感される。抽象的に書かれているというばかりでなく、主人公の心持に対する作者の角度がきまっていないことが感じられるのである。「私の大学」はこの小説が書かれてから更に十一年を経て執筆されたのであるが、この中でも、ゴーリキイはこの経験について触れている。小説について、自身の不満足を示している。しかし、不撓な生きてであったゴーリキイの面目を躍如と語る評価を「マカールの生涯の一事件」に対して自ら下している「もしもこの小説の文学的価値について云わないならば――その中には私にとって、ある快よい何物かがある。あたかも私が自分自身を乗越えたかのように」と。ゴーリキイの短いこの言葉は十分に真実である。
この出来事の後に、ゴーリキイは、却って生活に対する溌溂さを取戻したように見える。非常に気まずく、自分を愚かしいものに感じながらデレンコフのパン店で働いていると、三月の或る日、集会で知り合い、その沈着な様子でゴーリキイの心にひそかな信頼を抱かせていたロマーシが訪
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