色の目をもった祖父の家の中の生活の有様は、到着第一日から幼いゴーリキイの心にうずくような嫌悪、恐怖、好奇心を湧き立たせ、類のない程多岐なゴーリキイの少年時代の第一歩をなした。一つ家の中には家内持ちの二人の伯父がいて、財産分配のことから祖父と悪夢のようにののしり合い、時には床をころげてなぐりあった。そうかと思うと大人まで加わって、半盲目の染物職人に残酷きわまるいたずらをしかける。
 子供らは、家の中にいる時は大人の喧嘩にまき込まれ、往来での遊戯は乱暴を働くことであった。土曜日ごとに、祖父が子供らを裸にしてその背を樺の鞭で打った。これは一つの行事である。ゴーリキイはその屈辱的な仕置に抵抗して、とうとう気絶し、熱をだして病気になるまで鞭うたれたことさえある。
 一八六一年にアレキサンダア二世が欺瞞的な農奴解放を行い、ゴーリキイが生れた時分、もう農奴制そのものは廃止されていたけれども、二百五十年にわたったロシアの農奴制によってしみこんだ封建制は、家庭の内に信じられない父の専制、主人と雇人との間の専制主義となって残っていた。ゴーリキイの祖父の家の中の生活は、その息づまるような標本なのであった。

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