でシベリアに移されたという男である。ニージュニへは十六歳で来た。二十歳の時は一人前の家具師で、その仕事場が祖父の家とならんでいる。
 ある日、祖母さんのアクリーナが娘のワルワーラと庭へ出て木苺をあつめていると、やすやすと隣から塀をのり越えてたくましい立派なマクシムが、髪を皮紐でしばった仕事姿のまま庭へはいって来た。
「どうしたね、若い衆、道でもねえところから来てよ!」
 祖母さんのアクリーナがきくと、マクシムはひざまずいて云った。「俺達は結婚したいんだ。」りんごの樹のかげにかくれて、ワルワーラはのいちごのように体じゅうを真赤にして、何か合図して、眼に涙を一杯ためている。「あたし達はもうとうに結婚しました。あたし達は只婚礼をしなくちゃならないの」――。
 ゴーリキイが生れた後まで祖父さんは二人の自由結婚を許さなかった。ニージュニの職人組合の長老をやり、染物工場をもったりしていた祖父は、自分の娘が一文なしの渡り者の指物師などと一緒になることを辛棒できなかったのである。
 五つの時父はコレラで死に、幼いゴーリキイは母と一緒にニージュニへかえって祖父の家で暮すようになったが、この鋭い刺のある緑
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