卑劣を侮蔑する強い精神そのものが、おのずからプロレタリアの闘争と一脈相通じるものであった。ゴーリキイはそうと自身知らずに新興労働階級の代表として立ち現れた。どん底からの創造力の可能性をひびかせ初めたのである。
 このチフリスで、ゴーリキイは初恋のオリガがパリから二年前よりさらに美しくなり、良人をのこして帰って来ることを知った。狂喜のあまり彼は卒倒した。
 ニージュニイに帰った。ゴーリキイは月二ルーブリのひどい離家をかりて、オリガとその小さい花のような娘と三人で生活しはじめた。
 コロレンコとの友誼が深められた理解の上によみがえった。「チェルカッシュ」はこの時分コロレンコに励まされ、たった二日で書いたものである。
 ゴーリキイは自分の文学的労作について、だんだん真面目に考えるようになって来た。それと共に、フランス小唄のうまい、美食家の、「美しく煙草を吸い、奇智にとんで、男の知人を揺ぶる」ことのやめられない貴族学校出のオリガとの生活は、彼を歩いて来た道から脱する力をもっていることを理解しはじめた。ゴーリキイはオリガとしっかり抱き合い、黙ったまま、いくらか悲しんでわかれた。後年ゴーリキイはそ
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