」例え乞食をしようとも人生の値打ちを見損いはしなかった祖母の影響を無視することは不可能である。この祖母は、八つか九つでボロ拾いをしているゴーリキイに、或る晩持ち前の魅するような話しぶりで云った。
「お前にはまだ分らないがな、結婚というものがどういうものか、婚礼というのがどんなことか。ただこれは恐ろしい不幸だよ、娘っ子が婚礼をしないで子供を生むのは。お前、ようくこれを覚えておきな。そして、大きくなってもこんなことで娘っ子をひどい目にあわせるじゃないよ。お前は女子《おなご》を不憫がって暮しな。心から可愛がっておやり。なぐさみにするでなしに。こりゃ、お前に好いことを云ってやっているんだよ。」
 これは祖母が、ゴーリキイの父が大胆ないい若者であって、どんな風に率直にワルワーラを嫁に求めたかということを孫に話して聞かせたついでの誡めであった。祖母の言葉はいつもその誠実さと、人生に対する智慧でゴーリキイの心に沁み透るのであった。このような命にみちた言葉がゴーリキイの荒い少年・青年時代を通じてどんな作用をも営まなかったと云えるであろうか。
 靴屋の見習小僧にやられたゴーリキイが、火傷をして祖父の家に
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