分の将来がどうなるかは知らないが、この日記だけは世界にのこす積りである。私たちの読む書物は皆こしらえものである。筋に無理があり、性格にうそがある。けれどもこれは全生涯の写真である。ああ! こしらえものはおもしろいが、この写真は退屈だ、とあなたはいうでしょう。あなたがそんなことをいうならば、あなたはひどく物のわからない人だと思います。
私はこれまで誰も見たことのないようなものをあなたにお見せするのです。これまで出版されたすべての思い出、日記、すべての手紙は、皆世界を偽るための拵えものに過ぎません。私は世界を偽ることには少しも興味を持っていない。私には包むべき政略的の行為もなければ、隠すべき犯罪の関係もない。私が恋をしようとしまいと、泣こうと笑おうと、誰もそんなことを気にかける人はありはしない。私の一番心にかかることは出来る限り正確に私というものを表わしたい[#「出来る限り正確に私というものを表わしたい」に傍点]ことである」と。
この、できる限り正確に自分を表わしたい、という衝動こそは、マリアの短い燃えきったような全生涯を貫いて、絶えず彼女を人間、女として向上させた貴い力であり、勇気と
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