は僅かの間にジュリアンのアトリエで一番技術をもったブレスロオという娘を唯一の競争相手とするところまで突進した。マリアの異常な才能は輝き出した。それにしても、マリアのいそぎよう! 彼女の日記のどの頁にも、芸術の成功についての不安、鼓舞、努力への決心がばら撒かれていないところはない。マリアは昼食さえ、アトリエへ運ばしてたべることにした。「私は自分に四年の月日を与えていた。七ヵ月は既に過ぎ去った。」マリアは「社交も散歩も馬車も、何ものも打ち捨てた」十八歳の七月三日の記事に「M……別れをいいに来た。」云々。そして雨の中を展覧会へ行くまで二人の間に交された話ぶりを記しているのであるが、このMというのが、今日の映画の「恋人の日記」のパン種となったモウパッサンの頭字だろうか。マリアは「Mの愛の火に心を暖められ」ながらも、落付いて、自分がMと「結婚しようというような考は一つもない」こと、「二年前まで私は愛と思い込んでいた」ものだが、愛ではないということを自分にはっきり認めているのである。そして、この尨大な日記の中にMという字はもう二度と出て来ていないのである。
 十九歳のマリアの心持が芸術への熱中を通
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