くてたまらない。私には導いてくれる人が一人もない。」
 内心の熱い輾転反側は彼女が十七歳の秋、ジュリアンのアトリエに通いはじめて、やっと一つの方向を見出したように見える。
「朝の八時から十二時まで、それから一時から五時まで絵を描いていると、日が早くたってしまう。しかし往復に一時間半かかる。私はこれまで失った年月のことを考えると腹立たしくなる。十三の時にこんな風にして始めたらどんなによかったろう! 四年損をした!」「アトリエではあらゆる差別というものが無くなってしまう。名前もなくなる。姓もなくなる。そうして母の娘でもなく、ただ自分自身となる。自分の前に芸術をもっている一個人となる。そうして芸術以外には何ものもなくなる。実に幸福で、自由、得意である。ついに私は久しく望んでいる状態になった。私はこれを実現することができないので、どんなに長い間渇望していたかしれなかった。」
 マリアの前には、やっと彼女が一人前の人間となってゆく道がひらけはじめた。自分の失った時間をとり返す決心をして、彼女は一日八時間の勉強の上に夜の部にまで出席した。画学生マリアの服装は質素になった。石膏模型、骨の見本、マリア
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