、人間の浅間しさを思わせられる一つの現状でございます。
 考えて御覧遊ばせ C先生。
 此処に一組の夫婦がございます。
 彼は忠実に彼女を扶養し、朝から晩まで働いて、自分の愛するものの為に努力致します。が、妻の方は、只自分が一生一つ顔ばかり見て居なければならないと云う厭怠から、他に情人を作ります。もう彼女にとって、忠実なる働き手の良人は何の魅力も持って居りません。重荷でございます。早く振りはなしてしまいたい、けれども、若し自分がこのまま単純に左様ならを告げたのでは損になる。真個に彼女は字通り損になると思うのでございます。
 其だから、何か良人の欠点を掴って、其を訴訟の材料として扶助料を取った方がよいと思う。其処で、彼女は嘗ては愛情を表現するのに、どうしたらよいだろうと思いなやんだ同じ胸で、今度は、どうしたら、彼を怒らせ、自分に手をあげさせ、その挙げたままの手を捕えて、法廷に出られるだろうと工夫するのでございます。
 哀れむべき良人は、正直に彼女を愛すが故に正直に怒りますでしょう。
 真心から彼女を抱擁するが故に、真心から彼女を打つかもしれません。そして、心は悲しみに満ちながら、彼女のか
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