うその言葉が分らない。思い上ったいい顔にも当惑の色を浮べて一寸躊躇する様子は可愛いうございます。
 一体こちらの婦人は子供のうちから、尊敬される習慣を持って育って居ります。擲り合て喧嘩をする腕白小僧も、一人女の子が入って腕をつかむと、嘘のように音なしくなってしまいます。其故、年をとるに従って種々の条件から加って来る自尊心は、法律的権利を獲得することによって一層強められて居ります。日本の婦人には与えられて居ない法律的人格が、彼女等には強い後盾となって居ります。勿論女性も人類である以上、人類の発達の為に備えられた、人が人の為に作った法律はこの当然の権利を女性にも与えるべきであり、要求すべきでございましょう。
 私は、自分の同胞が、余り惨めな法律的存在であるのを悲しく思うとともに又こちらの多くの女性が、自分等の善用すべき権利に却って駆使されるのをも見るに堪えない心持が致します。
 日本にもやかましく云われる、法律的な離婚問題、離婚と云う事は、この事自身既に充分悲劇的でございます。が、其等の原因が、彼等二人の真の生活を破壊するものである時は、法律的離婚は已を得ない事でございましょう。より善き、より純一な相互の生活の為に已を得ない事でございましょう。決して、あるべき事ではない。そしてそう云う場合に用いられる法律的権利は、最も慎重な反省と、深い理知的批判を経た後にのみ決定されるべきもので、単純な反抗心や、浅薄な優越を得たい為であってはならないのは勿論の事でございます。
 ところが、こちらでは、そう云う事件の場合、悲劇を一層悲劇的ならしめる結果が多いのは、どうしてでございましょう。
 一人の人間が死ぬことは、大きな悲しみでございます。
 その死ぬ一人が、又他に一人を殺すのは、恐るべき事ではございませんか?
 もっと具体的な例をとって申せば、一人の人が対手に愛を失ったのは、もう其で充分な涙であるべきでございます。其が、愛を失った上に、魂の尊重すべきをさえ忘れるのは、更に悲劇ではあるまいかと云う事でございます。
 離婚訴訟には、婦人の弁護士がつきます。そして、大抵の場合に婦人が勝訴になります。時には、良人が何等の悪意も蛮行もない場合に於てさえ婦人は訴訟して、勝つ事がございます。
 其は何故でございましょう。何故そう云う恐るべき冒涜が人間の魂に向ってされるのか? 此は、私が真個に心から
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