、人間の浅間しさを思わせられる一つの現状でございます。
考えて御覧遊ばせ C先生。
此処に一組の夫婦がございます。
彼は忠実に彼女を扶養し、朝から晩まで働いて、自分の愛するものの為に努力致します。が、妻の方は、只自分が一生一つ顔ばかり見て居なければならないと云う厭怠から、他に情人を作ります。もう彼女にとって、忠実なる働き手の良人は何の魅力も持って居りません。重荷でございます。早く振りはなしてしまいたい、けれども、若し自分がこのまま単純に左様ならを告げたのでは損になる。真個に彼女は字通り損になると思うのでございます。
其だから、何か良人の欠点を掴って、其を訴訟の材料として扶助料を取った方がよいと思う。其処で、彼女は嘗ては愛情を表現するのに、どうしたらよいだろうと思いなやんだ同じ胸で、今度は、どうしたら、彼を怒らせ、自分に手をあげさせ、その挙げたままの手を捕えて、法廷に出られるだろうと工夫するのでございます。
哀れむべき良人は、正直に彼女を愛すが故に正直に怒りますでしょう。
真心から彼女を抱擁するが故に、真心から彼女を打つかもしれません。そして、心は悲しみに満ちながら、彼女のかねて予想した結果にまで事を運んでしまうのでございます。
斯ういう事情があっても、良人が自分を虐待するという為に訴訟し弁護され、勝訴するのは、公正な事でございましょうか?
C先生
私は、人間の魂に余り「知」の不足する事を涙とともに悲しまずには居られないのでございます。
此の事件をよく考えて見ますれば、此は単に、そう云う悲しむべき目に会った良人が可哀そうだと云う事丈ではすまされません。
良人が哀であると同様に、彼女も哀れむべき魂の所有者ではございますまいか。
愛を失った事で或程度の苦味を嘗めた心は、人を計ろうとする奸策で汚され、其に成就した誇りで穢されなければならないのでございます。
其に比べれば、良人の受けた結果は、そういう性質を知らずに結婚した不明と、その策略を感じなかった事を賢くないとしても尚、この真の意味に於ける破産は、比較にならない程潔いものではございますまいか?
私は、食べられなければガツガツし、自由に食べられれば、食傷して死ぬ人間の惨めさを思わずには居られません。
単に此の場合のみではないのでございますから――。
人間は種々な方面に此の貪慾さを持って居るの
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