真白な頸を見せて、舞台で泣き伏していた女優の姿が目に浮んで、私は、それとおけいちゃんとの結びつきを何となし意外な、おどろいた気がした。女優になるの? そう訊くと、おけいちゃんは袂を膝の上で重ねるようにして、そういうわけじゃないんだけれど、と答えるのであった。
 それからまたおけいちゃんの姿が久しく見えなくなってしまった。その間にどの位の時がへだてられたか今思い出せないけれど、その次に会ったときのおけいちゃんは、下谷の芸者であった。白い縞の博多の半幅帯をちょっとしめて、襟のかかったふだん着に素足で、髪もくるくるとまいたままで、うちへ来てくれた。私より一つ年下のおけいちゃんだが、そのときは何と年上のひとのようであったろう。両方で懐しさときまりわるさが交々であった。池の畔あたりを一緒に歩いて別れた。
 二年ほど経ったとき、父が突然、お前の仲よしで芸者になった人とは何という名かい、ときいた。小菊と云う名よ、と答えた。じゃあ、やっぱりその子かも知れない、と、下谷の若い評判のいい小菊という芸者が、日本で指折りの或る富豪の世話をうけることになったという噂をきかせた。
 おけいちゃんについて噂をきいた
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