女たちの間に、村上けい子という最優賞の娘は、質素な紡績絣の着物に色の褪せた海老茶の袴という姿で人々を感動させたという新聞の記事が出た。私はその記事を読んで涙をこぼした。けれども、おけいちゃんがどうして受かる筈の試験をはずしたかという苦しい事情の奥底までは、察しる智慧がなかったのであった。
卒業式がすんでしまうと、裏のおばあさんのところへ何度行ってもおけいちゃんには会えないようになった。ねえ、おばあさん、おけいちゃん何処にいるの、しつこく訊いてもいどころが分らず、何ヵ月か経ったら、ふいと、紅い玉の簪をひきつめて丸めた黒い束髪にさしたおけいちゃんが、遠慮がちにうちへ訊ねて来た。マア、おけいちゃん! 手をつかまえて、玄関のわきの自分の小部屋へ入って、膝をつきつけて、どうしたのよ、手紙もよこさないで、と云うと、おけいちゃんは富士額の生えぎわを傾けて、やはりおとなしく御免なさいね、とあやまるのであった。そして、ゆっくりした口調で、私神戸の方へ行っていたの、と云った。それから、ぽつんと、私、初瀬浪子のところに働いていたのよ、と云った。初瀬浪子というのは帝劇の痩せた女優であった。紫のしぼりの襟から
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