ら人殺しもせず泥棒もしないで生活して居ることが出来るほど大まかな頭で逃げてからあとの事を考えた。
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「自分の過去の歴史なんかは一寸もしらないものの中で根かぎり働く人にうまくとり入る。
 朝日ののぼる様にグングンと出世して百や千の金は右から左に廻せる様になる――」
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 こんな風に男は歩みののろくなったのも気づかずに考えつづけた。どんなに出世しどんなに立派になって金がたまってもそのどんづまりにはまっくろい着物を着て鎌の大きいのをもって人類の片っぱじからなぎたおして「生」とあらそって居る骸骨の死の使者がガタガタと笑って居た。
 単純な頭で死と云う事を最も深く恐れて居る男はびっくりしてひっかえした。
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「何出世の出来ねえのは御やたちが生み様が悪れえんだ。ただ食ってさえ居ればいいのよ」
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 そう思って殺されないだけの悪い事をして牢に入れば三度の飯はそんなに苦労しないでも得られる。
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「それがいっちええや、限らあ」
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 それまでになる道順を考え又それからあとの事
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