、四辺を見まわした。
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「いやにうすっくらがりのくせにひかってやがる。今の世の中はとかくひかったものがちやほやされるだよ。こんちく生!」
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 すべろうとした足をくいとめて男は斯う云った。
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「なあにここで食えなくなったら又ほっつき廻ればらちがあくわな。
 ここばっかりに天とうさまが照りゃあしめえー」
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 着物まではがれ様としたのを泣きついて許してもらった事、散々っぱらひやかされ嘲られてあげくは戸のそとへつきとばされた事、なじみの女に、
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「又出なおしといで!」
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とがなられた事等が悪い夢の様に頭に湧きあがって来た。間借りをして居る婆にもかりがあり酒屋朋輩|等《なんか》へのかえさなければならないはずのものは一寸男が今胸算よう出来ないほど少ない様な面をして居ていつのまにかかさんで居た。
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「けっとばして逃げればいいじゃねえか」
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 反向的な声で男はうなった。愚な只今までの誤り――名づけて経験と云うものでどうや
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