っても獄中で老いさらばえて、あの時真実をいっておけばよかったと思うでしょうから、ここに真実を申しのべました。」竹内の陳述は僅か五分ですんだ。傍聴席にいた竹内被告の妻政さんは、ハンカチーフを顔にあててうずくまり、これにニュースカメラが焦点をあわせると、その前に坐っていた伊藤被告の妻が子供を抱いた身体をつき出してかばい、(日本経済新聞)毎日新聞のカメラは証言台に立って陳述する竹内被告の後のところでハンカチーフを眼にあてて泣いている横谷被告の姿をキャッチした。
 裁判長「起訴状には横谷と二人でやったとあるが、どうか。」
 竹内被告「それはまちがいです。全く私の単独でやったことです。」
 裁判長「自分一人で電車を動かしたのか。」
 竹内被告「ハイ。」
 十五日に共同正犯を主張した竹内被告の自供手記を大々的にあつかった読売新聞は、この日の公判状況をきわめて簡単に扱い、かつ、竹内被告の陳述のはじめにいわれた言葉で他の大多数の新聞は記録している一つの項目――民同や共産党の煽動によるものでなく、吉田内閣や三田村氏の陰謀によるものでもありませんという供述をオミットした記事をのせていることは注目される。同
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