ら会社へ売ってもいいと、お繁さんにことづけよこしたで」
そして、いくらか平常の気分に戻って、
「四千円なら悪うあるまい。うちのも、広治が入営してしまったら、いっそ売ってしまうか」
と、思いつきのように云った。
「運転手に給料払ったら、とてもこれまでのようにはいけんし……」
半年先に、次男の広治の入営も迫っているのであった。
「そりゃおっ母さんの考えでどうでもいいが……。あとになって買いかえるというのもことだろう。車庫へ吊っておけば結構二年三年はもてる」
こんなことも、云って見ればもう今日までにすっかり話しつくされたことである。階下で九時を打つ音を数えて聞いたとき、お茂登は、
「もう、あんな時間か?」
せっぱつまったような顔付をした。
「十時半の汽車に乗るなら、そろそろ出た方がいいかしれんな。折田がそれでも十二時すぎるで」
母親のその顔付から目をそらして腕時計の龍頭をまきながら源一が立ち上るにつれて、お茂登も包みをひきよせた。
「お前はどうする?」
源一は、すぐには答えず、口元をすこし引しめた表情で眼をしばたたくようにしていたが、やがて、
「送って行こう」
顎をもち上げて襟
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