なつこい眼尻に笑いを湛えて母親の顔を見ながら、
「人間の心持はおかしなもんだなあ」
と云った。
「わーっと旗をふっている大勢の何処におるやらどうでもわかりもせん癖に、あの中にうちからも来とると思うと、それだけで勢《せい》が大分ちがうそうじゃ」
「そらそうで! 広治を来さそう。やっぱりここへ朝早うに来れば分ろう?」
「うん」
だんだん胸がせまって来るのを、涙に溶かすまいとすると、お茂登の声と眼とは、おこったような力みを帯びた。
「ほんに、体だけは大事にすることで」
「うん」
「ほんとで。手の一つや足の一つないようんなって戻ったって、きっとおっ母さんが恥しゅうない嫁女持たす」
「…………」
「いいか」
「ああ」
云いたいことは詰っていて、両方の肩にみがいって来るのがわかるほどだのに、いざとなると、お茂登には、体を大事にしろとより繰返す言葉が見つからないのであった。その気持は源一にしても同じらしく、親子は暫く不器用に言葉のつぎ穂を失った。
沈黙はどちらからともなく解《ほぐ》れ、お茂登はいかにも助け合って商売をして来た総領息子に向う口調で、
「さっき、学校で、佐藤さんが、トラック四千円な
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