えに行き、ひとしきり揉まれた部屋の空気がやがてしずまると、かすかに花の匂いの流れるような五月の夜気が、濃く柔かく窓外に迫った。源一は、酒気を帯びた額に明るい灯をうけながら、胸をすっかりひろげた軍服のままのあぐらの膝に片肱つき、妻楊子を歯の間で折っている。時々その顔をくしゃくしゃと動かして、鼻の下をこするような手つきをするのを見て、お茂登は、二つ折りにした座布団を押してやった。
「何ならちいと眠ったらどうで……時間を云えばおこしてやるで」
「なに、大丈夫だ」
 そう云ったら気もぱっきりしたという工合で、源一は、
「ああ、いい気持だ」
 広い胸一杯の伸びをした。
 馴れたところといってもやはり、ひとの家という気持があって、お茂登が来てからは親子もおのずと、うちでのような声では話さないのであった。
「十五日には、どうしたらよかろ。――広治を見送りによこそうか」
 部隊は全部十五日にその市を出発して支那に渡ることにきめられているのである。
「ふむ……」
 真面目な眼付になってしばらく考えていたが、
「じゃ、広治よこして下さい。おっ母さんは来ん方がいい。もうこれで十分じゃけ」
 そして、源一は人
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