そこへ永田軍曹も帰って来た。去年源一が除隊になった後もずっと隊に居残った永田が、今は源一の上官であった。
「自分が初年兵の時代には、今井君に大分世話をやかしたもんであります」
 その誼《よし》みに頼る心持を飾りなく面にあらわして、お茂登は息子の身の上をたのんだ。
「そう云われては恐縮です。お互に初めての経験で、まア助け合いながら十分勇敢に、且つ賢明にやる覚悟ですから、決して御心配はいらんです」
 そういう云いまわしなどでも源一とはちがうその若い軍曹は、一応お茂登との挨拶がすむと、てきぱきとしたとりなしで弟に向い、
「いいか、これは重要なもんで。二階の棚にしまっておいて呉れ。お前が責任もって保管して呉れ、わかったな」
などと、トランクの整理にとりかかった。自然、お茂登親子はそこからなるたけ離れたこっちの窓際にかたまって、声も低く、
「今のうち、これ見ておき。足らんもんでもあったら、買うて来にゃならんけ」
 膝の前に、持って来た風呂敷包みをひろげるのであった。

 親子が初めてさし向いになったのは、夜も七時過てであった。隊に送別会があると云って永田が出かけ、弟妹たちは駅へ着く両親を迎
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