その年
宮本百合子
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)四辺《あたり》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)一層|惶《あわ》てて、
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ち[#「ち」に傍点]のところへ手をやったが、
−−
一
雨天体操場の前へ引き出された台の上から痩せぎすな連隊長の訓辞が終り、隊列が解けはじめると、四辺《あたり》のざわめきと一緒にお茂登もほっと気のゆるんだ面持で、小学生が体操のとき使う低い腰かけから立ち上った。
源一が、軍帽をぬいで、汗を拭きながら植込の方へやって来た。そのあたりには、お茂登ばかりでなく、生れて間もない赤んぼをセルのねんねこでおぶった若いおかみさんだの紋付羽織の年寄だの、出征兵士の家族がひとかたまり、さっきから見物していたのであった。
母親のそばへ来ると、源一は、にっこり笑いながら、幾分照れくさそうに、
「どうで」
おとなしい口調で云った。
「見えたかね」
「おお、よっく見た」
お茂登はわが子のがっしりとした様子を心に深くよろこびながら、ちょっと声
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