な忙しさをもってきた。毎朝、鷺宮から銀座裏へ出勤してくる櫛田さんの大きい手提袋の中には、のりと鍋と刷毛が入れられるようになった。クラブの事務をたすけている若い人々と櫛田さんは、新しく出る婦人民主新聞のために宣伝のビラをはり、発送を担当し、ある時には新聞の立ち売りをやらなければならなかった。
 櫛田さんは夏の陽にやけて色が黒くなった。そのように働いた。それは彼女にはげしい疲れを与えることであったが、その頃八年ぶりで婚約者がやっと、生きてかえることができた。十九から二十七までその人を待っていた娘さんのよろこび。櫛田さんのよろこび。それは言葉につくせない大きさであったろうと思う。互いに支えあって苦しい年月をしのいできた母と娘の生活に大きい変化がおこった。娘さんはその人と結婚し、そのような結婚がどれほど愛情を集中させるかということは誰にも分ることである。櫛田さんが娘さんをそのような若妻としての位置において眺めて、衷心からともによろこび、安心することができたのは、母としての櫛田さんが何時の間にか広い社会的な活動の中に自分をおくようになっていたからではなかっただろうか。
 父親に早く別れた男の子と
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