た許りと見えて鞄を片手に下げて立って居た。
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「まあ、誰かと思ったら貴方で居らっしゃるんですね。さ、どうぞお上り下さいまし。
 今申して参りますから。
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 お関は客を暗い土間に立たせたまま主人の所へ引き返して臆面もなくズカズカと皆の前に立って、
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「まあ、貴方、清川さんが行らしったんですよ。
 お上げしましょう。
 早くいらっしゃい。
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と云うなりバタバタと馳けて行った。
 静かに思いをこらして居た皆の者はあっけに取られて意外な破壊者を見送って、どうするのかと決心をうながす様に主人に目を向けた。
 厳らしい様子で落ついて居た主人は、急に、
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「ああそうか、すりゃあ好く来なすった。
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と云うと、皆に、
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「今日はもう客がありますから一寸。
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と二三度頭を下げてそそくさと暗い方へ行って仕舞った。誰も口を利く者も立つ者もない位魂を奪われた者達は、自分達をどうして好いのか惑う様に互に顔を見向わせて、静まり返って心
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