毎日の様に別に之と云う考えもなく、苦しまぎれに、
[#ここから1字下げ]
「どうかするから、
 お前なんか介わんで置け。
[#ここで字下げ終わり]
と云う主人をつかまえては腹をたてて居た。
 訴えられでも仕様ものなら大事《おおごと》になる危い金まで使って、村長に成ろうとか何とか騒ぎたてて、揚句のはてに来たものは前よりも多い借金の証文と悪口であるだけでもむしゃくしゃするのに、橋本の金の事まで思うと、余り意地が焼けて一素の事首でも括ってやれとまで思って居た。
 そんな事を思うに熱中して居たお関には、今主人が何を云って居るのだか、前に背中を並べて居る者達が何を云って居るのだか、さっぱり知らないで居た。
 いつの間にか皆が皆首をズーッと下げて額を手で支えて中[#「て中」に「(ママ)」の注記]に自分一人ポッツリと頭をあげて居ぎたなく横座りに仕て居るのを気づくと、お関は周章《あわ》てて前をかき合せて恭の顔色をうかがいながら下を向こうとした時、土間の方で誰かが案内をたのんで居るのが聞えた。
 お関は好い機にして立って行って見ると、北海道へ久しく行って居た清川と云う、主人と親しく仕て居る男が、まだ着い
前へ 次へ
全167ページ中85ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング