今まで眠って居た種々の気持が徐々と目ざめて来たのであった。
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「恭は男だ。
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 此の言葉は非常に複雑した気持をお関に起させた。
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「恭は男である。
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 お関の目前には今までとまるで異った恭吉と云う二十三の男が若くて達者で見よい姿を以て現われて来たのである。
 お関は恭の前に近づくすべての女と云う女に対して自分は非常に堅固な防材とならなければならないさし迫った必要を感じたので、洗場へ行く者は只一人自分のみを選び「若い女」と云うお久美さんへ多大の注意を向けて居た。
 恭は如何にもちゃんとして居る。
 利口であり美くしくもある。
 今こそ斯うやって居ても近い未来に幸福になると云う事は分りすぎて居る位明白な事である。
 そしてお関は恭に対して明かに嫉妬を感じ始めたのであった。
 恭が何の差し支えもなくドンドンとはかどらせて行く幸福への道順を手放しで歩かせて見て居る気にはなれなかった。
 此の恭吉のために此の広い世の中のどっかの屋根の下に一刻一刻と育ち美くしくなりまさって居る娘のある事を考える丈でもお関の
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