らない様な重三の前に軽口に気の利いた悪る口も云い、戯談で人を笑わせ、抜目のない取りなしをして居る恭吉が如何程目立ったか分らなかったのである。
 お久美さんは今となって恭が自分に非常な力を持って居そうな事を感じた。
 その調った容貌を見てはその心までも疑う余地を与えられなかった。
 重三は醜いと思う裏面に恭吉のまとまった様子が一日一日と広い領域を占め出して、彼の云う事も笑う事も皆自分に何処かで関係がありそうだと云う事までも、心の底には感じられて居た。
 恭は段々とそれに気付かない程ほんとにお坊っちゃんではなかった。
 殆ど下等なと云って好い位の想像を以て恭はお久美さんの此頃の態度を推察して居た。
 恭吉は洗場で洗濯物に火延しを掛けながら小唄を唄って万事を胸にのみ込んで、渦巻の中に落ち込んだ軽い塵の様に自分自身を自分の感情に攻めつけられて居るお久美さんの若い姿をジイッと見て居た。
 そして或る期待で恭は軽い心のときめきをさえ感じて居たのである。
 自分の気持が自分で分らなくなるにつれて、お久美さんはすべての周囲を恐れ出した。
 恭吉は怖ろしい者であった。
 お関も重三も気味が悪かった。
 
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