つましやかさのさせる事だとばかり思って居たので、重三が行くとチラッと流し目を呉れたまんま、さっさと何処かへ行って仕舞う様子等は其の長く黒い髪と、輝いた頬と共に重三にとっては幻の倉で有った。
 すべてを善意にばかり解釈して居る彼にお久美さんのする事のすべて、持って居るあらゆる物は此上なく不思議な魅力有るものであった。
 そして丁度とろ火にかけたお粥の様な愛着をお久美さんに持って居たのである。
 重三からすっかり離れ、お関にも好意は持って居ないお久美さんの心は、今までより一層はっきりと恭吉の一挙一動に見開いた眼を以て注意して居た。
 重三に比べて何と云う違い様で有ったろう。
 お久美さんは滑らかに薄赤いつややかさを持って居る恭の皮膚を想い浮べると一杯に黒毛の被うて居る堅そうに醜い重三の等はまるで同じ人間ではあるまいと思われる程お久美さんの目に見っともなく写った。
 太い峰の、息をするさえ苦しそうな鼻、
 垂れ下った眼と唇、
 喘ぐ様な声と四辺の静けさを破って絶えず響いて居るフー、フーと云う呼吸の音は、お久美さんに小屋の豚共を連想させずにはすまなかった。
 戯談一つ云えず、笑う時も憤る時も知
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