は其那時自分の取るべき方法を知らないので近寄りもしずに遠くから気の毒そうに眺めて居る許りであった。
 上半身をズーッと下げて、下の板間に敷いた紙にサラサラサラサラ音を立てながら素早い手付きで髪を梳いて居る姿、湯上りの輝いた顔を涼風に吹かせて凝り固った様にして居る様子等は、皆重三に自分とはまるで異った美くしいものだと思わせた。
 素直な崇拝者が其の偶像に対した時と同じ気持で、別世界から降って来た様なお久美さんを見て居た。
 容貌の美醜等と云う問題は重三の頭になく、只珍らしい、何だか奇麗に違いないらしい気持がして、出来る丈度々声も聞き姿も見て居たかった。
 けれ共お久美さんは出来る丈重三と顔を合わせまいとして居た。
 目の前に其の魂を何処かへ置き忘れて来た様な顔が出ると、其処に居たたまれない程不愉快に情なく成って、重三が此那で有れば有る丈お関は否応なしに自分と一緒にするに違いないと云う事が動かせない事の様に思われた。
 恭吉に顎で使われて、何を云われ様が頓と怒った顔を見せた事のない程鈍いのに、体許り鴨居に支えそうに縦横に大きい銅羅声の重三をどう思い返しても好くは思われなくて、其の馬鹿正直に
前へ 次へ
全167ページ中128ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング