て生れ落ちるとから離れて居たので、はっきりどうと云う程心に銘じて居は仕ないので、矢吹が自分の生れた家だとして置いても差し支えは無かった。
殆ど十位の子供程単純な一色の心を持って居る重三は世の中の不平を知らないで生きて来た。
朝から日の落ちるまで鍬を握って泥掘りをして居た時も之が自分の運だと思って居た。
今斯うして、山田の家の若旦那に成り、重三さん重三さんと云われるのも運だと思って居るから、振り返って見る今までの事が非常に辛かったとは思わないが、今の身分もそうひどく大切では無かった。
けれ共、勿論種々な点で前よりも身体の労働の少くなった事を大変気持好く感じて居た。
其れから又、自分の毎日の生活にお久美さんと云う若い娘が加わって居る事も重三には珍しかった。
今まで朝夕顔を見合わせて居たのはもう六十を越した老女で有ったに拘らず、何処から何処まで力の張り切った様な滑かな皮膚と艷やかな髪を持ったお久美さんは、重三の目に殆ど神秘的に写って、素足が小石混りの熱い地面を走って通る時、重そうな釣瓶を手繰るムクムクした手を見ると、黙って見ては居られない様な気が仕て居た。
けれ共物馴れない重三
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