斜面の草地、すぐそばの菜園等が皆目新らしくお久美さんを迎えた。
 番小屋に腰を下して立て並べた膝に支えた両手の間に顔を挾んで安らかな形に落付いたお久美さんは眼を細めて、葉擦れの音と潤いのある土の香りに胸から飛び出しそうな心臓の鼓動を鎮め様と努めた。
 けれ共総ては無駄で有った。
 漸う息苦しくない呼吸を始めた時、いきなり耳元で途轍もなく大きな声が、
[#ここから1字下げ]
「旦那、どっちから入るんですえ。
 向うからですかい。
[#ここで字下げ終わり]
と怒鳴った事によってすっかり乱されて仕舞った。
 山田の主人が、
[#ここから1字下げ]
「うん向うから。
[#ここで字下げ終わり]
と云う声を夢の様に聞きながらお久美さんは両手をしっかり握り合わせて化石した様に夕闇の葉陰から音もなく這い出る中に立って居た。
 間もなく主屋に人声がざわめいて、
[#ここから1字下げ]
「お久美は一体どこへ行ったんだい。
 お前捜してお出で。
[#ここで字下げ終わり]
とお関が云って居るのも手に取る様に聞えて居たけれ共お久美さんは動こうとも仕なかった。
 パタパタと草履を叩きつける様にして小女はズーッと葡
前へ 次へ
全167ページ中108ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング