栄えもしない家の中を掃除して、珍らしく掛花に昼顔の花を插して見たり、あやしげな山水の幅を掛けたりして漸う家らしくなった中に、小ざっぱりと身じまいをして薄く白粉さえ付けたお久美さんは喜びと恐怖の混じった表情を面に浮べて立ったり座ったり落付きなく動いて居た。
畑地を隔てた彼方に白々と続いて居る町からの往還をながめやったり小女のせっせと土間を掃いて居る傍に訳もなく立って見たり、遠い向うの木の間から三台の人力が小さくポコポコと立つ砂煙りの中に走って来るのを見つけるまでの間は、お久美さんにとっては居ても立っても居られない苦しい時の歩みであった。
三つのチョコチョコと動いて来る者を見つけると、お久美さんは無意識に顔を火照らして、掛鏡で一寸顔をのぞくと、大いそぎで裏へ出て仕舞った。
豚の騒がしい鳴声の聞える小路を行ったり来たり仕て居たけれ共それでもまだ好い隠れ場所では無い様な気になって、まだ果の青い葡萄畑へ入って行った。
徐々《そろそろ》陰って来た日影は茂った大柄な葉に遮られて涼しい薄暗さを四辺《あたり》一杯に漂わせて、うねうねと曲りくねった列に生えて居る其等の幹と支柱とを隙して見る、向うの
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