関は「白状しろ、白状しろ。え、何をして居たんだよ」とお久美さんを攻めたてた。
 お関の不法な怒りに会って只泣きながら震えて居たお久美さんはあまり幾度も幾度も攻めつけられるので、
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「私、私何にも知らないのに……
 あんまりだわ。
 恭に聞いて御覧なさると好いわ。
 何ぼ何だって、私まさか。
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と云うと、お関は益々声を荒々しくして、
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「何があんまりだえ。
 よく口答えをおしだね。
 さ、何とでもお云い。
 ききますよ。
 人が不憫だと思って何でも手をひかえて居ると、増長して何でも勝手にする気になって居る。
 もう今夜と云う今夜はきかないよ。
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と云いたてた。
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「一体さっきだってお前が気さえ利いて居ればすぐ皆を好い様に云ってなだめるべきだのに、あんなに成るまで黙って見て居て、いざとなると、自分だけさっさと何処へか行って仕舞って……
 お前みたいな恩知らずはないよ。
 私みたいな者が何故撲り殺されなかったろうと口惜しかろうね。
 だが、そう上手くは行かないのが世の中なのさ。
「もう此那家に居ないが好いよ。
 どこでもお前のすきな所へ行くが好いじゃあないかい。
 お前の大切なお※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]さんの所もあるしね。
 私はもうそうやってふてて口も利かない様な人と一緒には居られないんだからね。
 恐ろしくて。
「今時の若い者なんて、何が何だか分りゃあしない。
 ね、お久美、
 お前云わないで好いのかえ。
 後で後悔おしでないよ。
 ほんとに図々しいにも程が有る。
 どうしても出て行ってもらった方がいいよ。
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 逃げて帰った娘達の話に驚いた者達は相談ずくで七八人集まって山田の家へ来て、お久美が一人ぽつねんと叱られて居るのに少なからず驚かされた。
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「何ーんの事だ。
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と云う気が仕たけれ共、する事もないので来た者は二人の仲裁に入った。
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「何かお久美ちゃんに落度が有ったら、俺がだまっては居ないさ。
 ね、お関さん、どうしたんだ一体。
 明けっぱなしに云ってお呉れな。
 叱る所はみっちり私が叱ってやるから。
 お久美ちゃんも何だ。
 お関さんに一から十まで面倒見てもらってるんだから決して我を張る様な事が有っちゃあならないのさ。
 ね、まあ訳を話しておくれな、お関さん。
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 お関は自分でも何がほんとに叱る事なのかはっきりは分らなかったけれ共、口の中でゴトゴト何か云ったあとで、
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「皆私が及ばないからなんですよ。
 こんな小娘にまで踏みつけられるかと思うと、
 この年をして生きて居る甲斐がなくなりますよ。
 ほんとに。
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と泣き出した。
 来た者は皆お関の気心を知って居るので、お関を叱る様なお久美さんを叱る様な至極要領を得ない事をくどくどと繰返して到々仲なおりをさせてしまった。
 その騒ぎの最中二階では浮腰になって居る清川をまあまあと云って山田の主人が独りで機嫌よく酔って居た。

        十

 ※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は翌日其の事を人伝に聞いた。
 其の場の様子等を種々想像しながらお久美さんの身に恙がなかった事を喜んだけれ共、自分が風邪を引いて床に居たので会う事も出来ずに四五日を送った。
 村の者は、口先でこそ会えばお関に、
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「飛んでもない事でした。
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位は義理から云ったけれ共、心の中では十人が十人、日頃からのお関や主人に対する鬱憤を晴して呉れた事を快く思って居た。
 其の夜若者共に加えた無礼な仕打ち等が段々知れて来ると、益々山田夫婦には面白く無い噂ばかり耳に入る様に成ったので、急に思い立ってお関は兼てから主人に話してある養子の話を進行させて迎えにY市へ行く事を云い出した。
 主人も此頃は嫌な事ずくめで、自分の立てて居る目算がバタバタとわきから崩れる有様なので、当分気を抜くに其れも好かろうと云うので、僅かの着換えを持って旅立つ事に成った。
 明日立つと云う晩に成ってからお関は急にお久美さんを独りで留守させて置く事を不安がり始めた。
 人家の稀れな所にポツネンと若い娘一人置くと云う事より、お関にとっては、自分の居ない幾日かを恭吉と小女ばかりの中に置くと云う事は必ず何事かを引き起さずにはすまない事だと感じられた。
 留守の間も洗濯を頼んで来ないものではないから恭を他所へやる事も出来ない。
 お関は独りで種々思い惑った末、久し振りで暇が出来たからと云って町
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