お久美さんと其の周囲
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)五月蠅《うるさ》い
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)好い位|自惚《うぬぼ》れて
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]
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一
月に一二度は欠かさず寄こすお久美さんの手紙は、いつもいつも辛そうな悲しい事許り知らせて来るので※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は今度K村へ行ったら早速会って話もよく聞いて見なければと思って来は来たのだけれ共、其の人の世話になって居る家の主婦のお関を想うと行く足も渋って、待たれて居るのを知りながら一日一日と訪ねるのを延ばして居た。
書斎にしてある一番奥の広い部屋の廊下に立って見ると、瑞々しい稲田や玉蜀黍等の畑地を越えた向うに杉の群木にかこまれたお久美さんの居る家が静かに望まれた。
茶色っぽい蔵部屋の一部が、周囲の木の色とつり合って、七月始めの育ち切れない日光の下になつかしげにしっとりと見えて、朝霧の濃く立ちこめた朝早くなどは、そのじき傍を通って居る町への往還を行くおぼろげな人影や馬の嘶きなどのために小器用な背景となるその家は一しお心を引かれる様な姿であった。
西洋洗濯をして居るので、朝から日の落ちるまで、時によると夜中白い洗濯物が高い所に張り渡された繩と一緒にヒラヒラと風に吹かれて居るのを見たりすると、五月蠅《うるさ》い程沢山な髪を味も素っ気もない引きつめの束髪にして西洋人の寝間着の様に真白でブワブワしたものを着た胴を後まで廻る大前掛で押えたお久美さんが、肩までもまくり上げた丈夫らしい腕に一杯洗物を引っかけて手早く一つ一つ繩のより目に挾んでは止木を掛けて居る様子を思い浮べたりして居た。
祖母の家に居るのだから出入に何にも億劫な事はないのだけれ共ついつい延び延びにして居て来てから七日目の晩大変好い月に気が軽くなった※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は、祖母を誘ってとうとう山田の家へ出かけて行った。
庭からズーッと裏に廻った二人ははてしなく続いた畑地に出た。
霧のしっとりした草深い小道の両側にはサヤサヤとささやかな葉ずれの絶えずする玉蜀黍がズーッと一列に並んで、薯や何かの低い地を被うて居る作物の上には銀粉を散らした様な細まやかな閃きが躍って居る上をフンワリとかぶせた様なおぼろげな靄が気付かない程に掛って居た。
ゆるい勾配の畑をかなり行き抜けると小高くなった往還を越えた向うがもう山田の家で、高い杉並木が道一杯に真黒に重い陰を作って居る間から、チラチラと黄色い灯がのぞいて何かゴトゴトと云って居る人声が聞えて来た。
高い中でも飛び抜けて太くて大きい二本杉が門の様になって居る所からだらだら坂を下りて右に折れるともう主屋で、何となしモヤモヤした空気と物の臭いが四辺に立ち迷って居た。
今まで心の澄み透る様な中に居たのが急に蒸しっぽい芥々《ごみごみ》した所に出て、気味の悪い息を胸一杯に吸って仕舞ったので、何かに酔いでもした様な気持になった※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は、眉をしかめて生唾を飲みながら暗い中に立ち止まって仕舞った。
傍の三尺の入口からズーッと奥に続いて居る土間の陰気にしめっぽい臭いや乾いた穀物と青菜の入りまじった香りがすきまなくあたりをこめて、うす暗い電燈の光りがランプの火の様な色でどんよりとともって居る。
※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は半年振りで見る山田の家の中を珍らしい様な気になりながらのぞいた。
茶色になって虫の食った箪笥の上には小鏡台だの小箱だのがごたごたと乗って、淋しい音をたてて居る六角時計の下に摺鉢に入れた蚊いぶしの杉の青葉がフスフスとえむい煙を這わせて居る中に五つ六つの顔がポツリポツリと見えて居る。
東北の人特有な鼻のつまった様な声が活気のない調子でやりとりされて居るのを見ると、寺の様に高い天井と黒く汚れた壁だの建具だの外《ほか》無い部屋の中がまるでお化けが出そうに陰気に感じられた。
※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子の目の前には割合に気持の好い自分の家の食堂だの書斎だのの色が一寸閃いて消えた。
※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子には掛り合わずにさっさと皆の中に入って行った祖母は急に※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子を見失ったのを驚いた様に、
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「おや、※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24
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