を見合わせて、
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「ホラね、きっとそうだと思った。
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と無言の中で云い合った二人は厭な顔をしてそっ方を向いて仕舞った。
 お関は尚憎体な笑をたたえて、
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「ねえ※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子さん、東京じゃあ今、
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と執念く云うので、かくし切れない程気をいら立たせた※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子はそれでも声だけは静かに云った。
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「さあ、どんなんでしょう。
 皆各々自分のすきなのを着てるんだから一寸口じゃあ云えないでしょう。
 それにそんなに私は気をつけても居ません――
「そうですか。
 そいじゃあ何でしょう、貴女なんかハイカラさんなんだからどこからどこまで流行りずくめで居らっしゃるんでしょうねえ。
 そんな髪が流行るんですか。
 何て云う名なんでしょうね。
 珍らしい頭ですねえ。
「私みたいなおちびに似合う流行はどこにもないでしょう。
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と戯談の様に云いは云っても、※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は腹立たしい気にならずには居られなかった。
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「なあにそんな事あるもんですか。結構ですよ、女は、あんまり大きいと腰から下がしまりがなくっていやなものですよね。
 去年から見るとどれ位いいお嬢さんにおなんなすったか知れませんよねえお祖母様さぞお楽しみでしょうねえ。
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 部屋の隅の方で帳面をつけて居た恭吉と云う洗濯男だの蠅入らずの前で何かごとごとして居た小女などは、田舎人の罪のない無作法と無遠慮でわざわざ頭をあげて※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子の方を見て居た。
 お久美さんはだまって頭を下げて膝の所に浮いて居る白い布を集めたり手にのばしたりしながらお関に気兼をしいしい、折々※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子の眼をのぞき込んでは気の毒そうな――自分も※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子も――顔をして居た。
 ※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子はお久美さんと話したいと云う願望で胸がかたくなる様であったけれ共、仮りにも自分よりは一段下に居るべき者だと思って居る女の前で益々乗ぜられる様な素振りを現わす事はこらえる丈の余裕は有った。
 年の故で人の好くなって居る祖母は、たった一人の女の子の孫に与えられた賞め言葉ですっかり満足して仕舞って、子供の様な眼差しをしながら、他人から見れば立派でも美くしくもない孫の体を見上げ見下しして、
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「ほんとにねえ、年と云うものは恐ろしいものですよ。去年来ました時には前の川で魚を取る事許りに根《こん》をつくして居ましたっけが、此頃は一角大人なみに用を足してもくれましてね。
 けれども朝から晩まで机の前に座ったっ切りで居られるのは何より心配ですよ。
 第一躰のためによくありませんのさ。
 昔の労症労症って云ったのは皆座って居る者に限って掛ったものですからね。
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と真面目らしく云うのを聞いて居た者は、皆笑って仕舞った。
 お久美さんは体を前後に振って永い間たまって居た心からの笑いが今あらいざらい飛び出しでも仕た様に涙をためて笑いこけた。
 静かに微笑みながらお久美さんを見守って居た※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は、鮮やかな赤い唇が開く毎《た》びに堅そうに細かい歯ならびがはっきりと現われる単純で居て魅力のある運動に半ば心を奪われて居て、今自分が何を笑って居るのかと云う事さえもたしかではない様であった。
 一しきり笑いがしずまるとお関は又元の頑なな顔の表情に立ち返って、
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「それにしてもまあ女の子の育つのを見て居る位不思議なものはありませんですよ、
 まるで何て云って好いか丁度日あたりの好い所に生えた芽生えの様なもんですね。
 一日一日とお奇麗におなんなさる。
 好いお嫁さんにおなんなさいますよ。
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 私見たいに老耄《おいぼれ》ちゃもうお仕舞いですよ、ほんとうに、皺苦茶苦茶で人間だか猿だか分りゃあしない。と云い云い二人の娘を見た眼には明かに憤怒の色が漂って居た。
 ※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は少し驚ろかされて此の四十五の恐ろしく嫉妬深い女の顔を眺めた。
 妙に厚ぼったく太い髪と顔下半分の獣的な表情は、そのゼイゼイした声と一緒にお関を余程下等な感じの悪い女にさせて居た。
 歯からズーッと齦まではかなり急な角度で出っ歯になって居て、その突出た歯を被うには到底足
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