うならないと私断言する。
「貴女みたいに苦労のない人はありゃあしないわ、ほんとうに。
 貴女ばっかり受け合って呉れたって、伯母さんがそうしたらどうするの。
 お※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]さんがそう云いましたなんて云ったって仕様がないじゃあないの、
 駄目よ。
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 ※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は今まで聞いた事のない乾いたガサガサなお久美さんの声を聞いた。
 強《こわば》った様な頬付をして病気の様な眼をして居る様子を見ると、その心配にどれ位お久美さんは悩まされて居るかと云う事が思いやられて、自分の力で取り戻しのつかない遠くの方まで走らせて仕舞った様な悔みと不安がじいっと仕て居られない程激しく※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子を苦しめた。
 ※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子も又お久美さんを自分の力で如何うもする事は出来ない事だと云う事をかすかながら感じ始めて居た。
 非常に淋しかった。
 けれ共「それはそうに、とうの昔からきまって居る」と云う気持が一滴の涙もこぼさせなかった。
 それから暫くして少しずつ気の落着くに連れてお久美さんは普通な口調で、どっかちゃんとした家で自分の居られそうな所を心掛けて置いて呉れと頼んで、重苦しい様な足取りで家に帰って行った。

        十六

 ※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子はお久美さんに就て非常に心配を仕始めた。
 辛い悲しい事ばかりに会って居るので、すべて世の中の事々をどんな事までも暗い情無い方にばかり傾けて考える様に馴らされた心を哀れがらずには居られなかった。
 ほんとにお久美さんが自分で云った通り、外へ出て暮すのも好いかもしれない、彼那家に取り越し苦労ばっかり仕て居るよりも却って他人でも人並の者の中に入って居た方が苦労も少ないだろうし後のためにもなるかもしれないと思ったりしたので、非常に年を取った者の様な地味な気持で三間もある様な手紙を東京の家へ出した。
 不断幾度も話して居た事では有ったけれ共、細々とお久美さんの気の毒な身の上を書き連ねて、どうぞどっか好い所が有ったら世話をして上げて呉れる様にと、涙まじりの願いを母へ送った。
 五六日立ってから来た返事には、お久美さんの境遇には同情するけれ共、今差しあたってその位の年頃の人の行く様な所も見当らないし又私として直接女中の世話も出来ないのだからと云ってあった。
 家で使うならと云う様な事が有ったので、※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は早速、決して家で使う等と云う事は出来ない、私が帰った時呼びずてにして用を云いつける事は到底出来ないのだから、どうぞいそがないでもどっか見つけてあげてくれと、前にもまして丁寧に願ってやった。
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「お久美さんの心配な程私も心配して居りますし、私としては出来る丈の事をしてお久美さんを好く仕てあげなけりゃあならないんでございますもの。
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と云う様な文句を書きながら、度はずれの様な事許りする自分を母はどう思って一字一字を読んで呉れるだろうと思ったりして居た。
 寛大に自由にして居て呉れる母も自分とお久美さんとの間に対しては或る不安を持って居ない事はないことを※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は知って居た。
 普通の友達以上に親しく離れられない者同志の様にして居ると云う事はよく学者仲間の問題になる病的な心理状態にあるのでは有るまいかと云う危惧が押えられず湧いて居たと云う事は折々其れとなく与えられる注意で※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子も覚って居たけれ共、自分がお久美さんを「仲よし」と云う以上に愛して居るのは事実としても其れが何にも憚かられる事とも亦危ない事とも考えられないので、遠慮もなくすべてを頼んで居た。
 そして、おそかれ早かれ孰れはお久美さんに都合よくなる様な事が見つけられるにきまって居ると云う安心が心の底にあった。
 毎日毎日※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子はお久美さんの行かれそうな家を知人の間に物色して見たり、自分が充分働けて一つ家に同じ様にして暮して居られたらさぞ気持の好い事だろう等と、或る時は非常に実際的に又或る時は此上なく空想的に彼女の身の振り方を案じて居た。
 そんな時にも※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は永年の間に馴らされた心と云うものを考えずには居られなかった。
 少しずつ字と云う物が自分の言葉を表わして呉れるものになってからまだ二三年外立たない年にある自分にとっては、七年と云う時間は殆ど一生と云っても好い位の
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