そりゃあ何より結構な。
 お年頃もよし、お体もお健者そうで、何よりですわ。
 まあまあ、其れで御主人も御安心でしょう。
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と云った。
 ※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は、二人がしきりに喋って居る間中静かに座ったままで其の重三と云う二十六の男を観て居た。
 殆ど滑稽に感じた程其の男の態度は取りたての熊的で有った。
 まるで借り着をした様な着物の着振りから、上の空の様に座って居る座布団付の悪さから、どうしても昨日まで鍬を握って居た男とほか思えない筋肉の異常な発達を見ると始めて、軽い安心仕た様な気持に成った。
 之ならお久美さんも自分に無関係で有った事を喜ぶに違いない。
 ※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は心の中で却って重三の愚直らしい顔つきから物腰しをよろこんだ。
 黒々と日に焼けた角張った顔、重々しく太った鼻、頭の地にぴったり貼り付いた様に生えて居る細い縮れて疎《まばら》な髪、其等は皆※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子に不吉な連想を起させた。
 どうしてお関夫婦も此那見掛けからして利口でないに定まった様な男を養子にする積りに成ったのだろう。物好きだと思って何の気なしお関と重三の顔を見くらべて居た※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は、二人が余り以て反っ歯なのに驚ろかされた。
 猿に近い程にお関は歯がズーッと出て生えて居る。
 重三はお関程ひどくはない。
 けれ共唇が合い切れない様に僅かの隙を作って外に向いた歯を被うて居る所は、どう見ても似て居ないとは云えない。
 ※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は好奇心に動かされて尚幾度も幾度も見なおしたけれ共、一度毎にその事は明かになって来て、気の故《せい》か頸の辺の皮膚の荒さまでそっくりの様に思えて来た。
 忌わしい疑問が忽ち※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子の胸一杯に拡がった。
 十五分程して他所へも行かなければならないと云って二人が帰るまで、※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は怖ろしい気持に成って、二つの顔を見くらべて居た。
 帰って仕舞ってからも※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子の家は一日中お関の養子の噂で持ち切って居た。
 皆その突然な仕打ちを笑ったり、木偶の様に口一つ利かないで行った重三の気の利かなさを彼此れ云った丈で、その※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子を喫驚させた口元については気のついた者もないらしかった。
 ※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は他家の事だと思って黙って居た。

        十二

 山田で養子をした事は此の狭い村での一事件で有った。何の話も無くて居た所へ突然お関が重三を連れて、
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「今度之が家の後を取る事に成りましたから、何分とも宜敷く。
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と云って廻った事は皆の反感を買って、数える様な家並みでどうせ後から知れる様な事々は相談する様な体裁で吹聴仕合って居る者達は、
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「余り踏み付けた仕打ちじゃあ有りませんか。
 お前達なんかはどうでも好いぞと云う様な風を見せられちゃ、何ぼ私共みたいな土百姓でも虫が黙って居ませんや。
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などと云い合って、当分は何処でもその噂で持ち切りの有様だった。
 ※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子の家へ来る者共でも、
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「山田さんでは妙な事ばっかりなさいますんですね。
 今度の御養子の事だって何にも伺って居ませんでしたのにいきなり先日その御養子さんとかを御連れなすって御披露なんですものねえ、御隠居様。
 それに賤しい事を申す様ですけれ共、彼あ云う御縁組をなされば何は無くても知り合いを集めて御酒の一杯も御出しなさるべきですのにね。
 そんな事もまるで無かった様でございますよ。
 御夫婦とも左様《そう》申しちゃ何ですけれど一寸変って被居《いら》っしゃいますから無理もありませんでしょうが。
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等と云う者が少くなかった。
 人が勝手に好きでする事を矢鱈に干渉して自分の徳に成るでもない事を一生懸命に云って居るのを※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は可笑しくも思ったけれ共実際其の唐突な事の成り行きと彼《あ》の妙な重三の事を思うと変に考えずには居られない様でもあった。
 単調な明暮に倦いて居る者は好い事にして騒がしく彼此と噂して居た。
 山田の家も此の重三が入ってから種々混み入った様子に成って来た。
 自分がフト思い付いた事が、自分の予期以上に
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