そのみじんも暗さのかげのない文章の爽やかさ、躊躇なさに、書いた作者が自身への反撥をさえ感じた。
 このことは、些細な経験のようであるが、日本の民主的な精神が歩いて来た歴史のひとこまとして意味の小さくないことだと思う。一九四五年の八月が来て、二年三年とたって、こんにちの情勢の下で自分が二十年前にかいたソヴェト紹介をよみかえして見ると、嘗ての暗黒の時に感じた神経的な反撥は一つも感じられない。その時代の理解の素直さが、自然にうけとれる。明るさがうそ[#「うそ」に傍点]でないことがすらりと共感される。日本の人民生活にそこまで息づきの楽なところもでて来たことがわかる。同時に、日本において新しい民主生活を確立するためには、どんなに複雑で国際的な性質をもつ障害があるかということも、具体的にはっきりしつつある。日本、中国、朝鮮をこめての東洋と西欧の民主主義をうちたて、世界の平和を守ろうとするすべての人々は、めいめいの日常生活のなかに、こまごまとした形ではいりこんで来ている問題として、ファシズムに反対し反民主的な侵略戦争に反対しなければ平和も民主主義もあり得ないことを理解しはじめている。人民的な民主主義
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