おとすな
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 格調たかく歌い出されている「頬」

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忘れかねたる吾子初台に住むときいて
通るたびに電車からのび上るのは何のためか
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 呻きのように母の思いのなり響く「秋」世路の荒さを肌に感じさせる「南風の烈しき日」

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ひとりをかみしめて食む 夕食と涙
たよりにする親木をもたない小さい花は
くらしの風に思うまゝ五体をふかせて
つぼみの枝も ゆれながらひらく
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「女ひとり」のこの涙は、作者一人の味わったものではないであろう。
「ひとりの時」につましく鳴る喜悦のように表現されている充実感。「春来る」に流れ溢れている生活的な美感。「銀鱗」も、北国の五月、にしんの月の五月、まずしき生活の子供たちが生命のかぎり食べて肥ゆるなつかしき五月を溌剌とうたっている。暖くきらめく作者の感動は、「冷雨」において

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苦悩が 衆生のものでなくして
私ひとりのものであったら
何を 矜持として 生きるものか
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という、ひろがりをもっている。


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