従、愛人たちの人間らしい真情が裂かれ、傷けられ、死にながら生きなければならなかった我々の不幸な祖先たちの心の苦痛の物語である。義理人情の詩人としての大選手近松門左衛門の諸作が今も日本人の間で生きのこっているのは、そのような哀々切々たる祖先の涙が、今もなお人々の胸を刺すだけ、今日の人々の生活感情が不如意な浮世のしがらみの苦痛を知っているからである。
義理人情は、芸術化の過程にあって、謂わば社会的桎梏に対する人間性の逆説的な強調として、初めて芸術の要因たり得たのであった。義理人情が芸術の要因の重きを占めるようになった徳川権力確立以後の日本人の芸術は、感傷と悲壮との過剰に苦しめられている。しかも、これらの芸術的要素は、万葉時代にはこのような形では日本人の生活感情のうちに現われていなかったものである。まして、いわんや、フランスがえりの梶なる男が、青畳の上にころがって官能的にこの世の力を悦びながら「南無、天知、物神、健かにましまし給え」と随喜する、その神々の健全なりし時代の日本的感情の中に於ておや。
梶は、日本人の今日の常識にとってさえその真意を汲むに困難な独特日本の義理人情によって知性を否
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